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私の同居人がきょう死んでしまいました。

去年の5月にうちにきて、まだ1年半しか、なのに、死んでしまいました。

うっすら目をあけたままで、寝てるんだと思って、でも冷たくて、信じられなかった。まだ砂もごはんもワタもいっぱい残ってて、あいつのために使うはずだったのに、行き場がなくなってしまいました。体はまだやわらかくて、寝る前に様子をみるべきだったんだ。もっと一緒にいられると思っていたのに。私が殺してしまったのか。私の、100分の1以下の、小さいねずみのくせに、かわりに、私が死んでもいいと本気で思ってしまったけど、死んでからじゃもう、そんなことできないし、寿命だって2年くらいで、寒くなってきたから、今年の冬は気をつけようと思ってた矢先だったのに、冬眠じゃなくて、本当に死体になってしまったのを確認しても、信じられなくて、死ぬのはいいんだけど、勝手にすればいいんだけど、でも二人で暮らしてたのに、なんで死ぬのかな。やっぱ私が殺したことになるのかな。そしたら、一緒に暮らしたのが私じゃなかったら、もっと長生きできたのかな。あいつ私のこと好きだったのかな。

あー、誰かに言わないと、と思って、でも誰にも言う気になれなかった。だからって日記を書いてる場合なのか?しかもこんな暗い内容で、と我ながら情けないんだけど、ほかにどうしようもなくて、今日夢をみたんだよ。なぜか松尾スズキとペットショップで、お互いの猫を連れて、談笑してたら、うちのみんちゃんが具合が悪くなって、松尾スズキをそこそこに、抱いてすぐに帰ったんだけど。しおらしく抱きついて、それを抱いて泣きながら自転車をこいで、起きたらみんちゃんを抱いたままの格好で、怖くなって母ちゃんにメールしたら元気でホッとしてたんだけど、何だよお前のほうかよ、って、じゃあ、ねずみの姿で出てこいよ、誤解したよ、って、言ってももう遅くて、私も、こんな小さいねずみ1匹死んでも泣かないと思ってた。大事だけど、死んでも泣かんだろうなあとか言ってて、でも死んだよ。本当に死ぬと思っていなかったんだろうか。そりゃ死ぬよ。

アパートの裏に埋めた。

なぜ埋めねばならないのかわからなかったけど、今までいっぱいそうしてきたように、同じようにしてるのに、なんで埋めんとかんのかわからんかった。だって目をさますかもしれないじゃん。死んだけど。もうすぐ起きそうなんだもん。起きたとき土の中だったらまた死ぬよ。自分でもたぶん、混乱してるんだろうなあとはわかるけど、それでもなぜ埋めねばならんのかがやっぱりわからないまま、無理矢理埋めた、だから土をかぶせるときちゃんと見れなかった。

大事なものが死んだとき、日記なんかには絶対書かないし書けないだろうと思ってた。そんなふうにできる程度のものは持ってないと思ってた。でもやってしまっとる。それは結局たかがねずみ一匹だからなのかもしれないし、たとえばほかの家族が死んでもそうしちゃうのかもしれない。そう思ったら情けなくなった。そもそもこれは、こういうことは絶対に書かないと決めてたのに、なにを感傷的になってやってしまっているのだと情けなくなった。でも、あえて今日はこの文をこのまま登録する。もしかしたら後日やっぱりいやになって消すかもしれない。今まで、打つだけ打って、アップしなかった文章なんて腐るほどあった。でも、あいつが死んだことを残すためにも、埋めた直後の感情をそのまま残して、いつか、思い出したときに、気持ちが変わっていないことをたしかめるために、残しておこうと思います。

今日は、読んだ人を嫌な気持ちにさせてしまうと思います。ごめんなさい。でも今日は、あいつのこと以上に、ごめんなさいと思えないのです。ろくに、名前も呼んでやれなかった、呼んでもしかたないと思ってたけど、からっぽのケージはどうしたらいいんだ。新しい誰かを呼んでくる気になれないけど、片付ける気にも当分なれない。なんで、もういないんだろう。どこへいってしまったのか。なんで死んじゃうんだろう。あーでも、短い間だったけど、一緒にいてくれてよかった。とか、今はそんな、きれいにまとめることはできないんです。なんでなんでって、何度も思います。

— 皆様と共に走るユ典

2 years ago

October 14, 2009